子育てメッセージ

  「平和な人には未来がある」 詩編37編37節【2016.9月】

認定こども園ポプラの木・ぶどうの木 園長  岡村 宣

 

 昨年から始まった「子ども・子育て支援制度」によって、市町村が責任をもって子どもの育ちと子育て家庭を支える機能を発揮するために、「子ども・子育て支援事業計画」を実行に移しています。子どもを産み育てるのに優しい街を目指しています。

 栄光学園各園では、ここ数年、保育者が不足しています。十分に確保できないために、年度途中の入園の希望に応えられないばかりでなく、在園している子どもたちやご家庭に十分に寄り添えない危機感さえ感じます。今、保育の現場の最大の課題は、人材確保なのです。都市部でも地方でも、例外なしです。

    このことは、保育の現場だけの状況ではないようです。多くの職種で人材難の時代を迎えています。かつては、大学を卒業しても仕事がないほど人が余っていましたが、今は、猫の手も借りたいほどになっています。団塊の世代が退職し、少子化、人口減少の波が、確かに、少しづつ社会を巻き込んでいきます。

 今、毎年40万人の人口が減少していて、数年すれば毎年100万人減少する時代に突入するとのこと。日本の人口は50年後には9千万人を切り、100年後には5千万人を切ることが予測されています。どんな社会になるのでしょう。家庭は支えられているでしょうか。社会では、子どもが豊かに育っているでしょうか。

 各市町村の取り組みは、そのような将来への生き残りの挑戦とも言えます。生き残る町になるためには、何が必要なのでしょうか。この町に住めば、子育てを豊かに支えてくれる。その仲間もいる。何より、この町には安心がある。そういう町が生き残るのだそうです。

そして最も重要なことは、人口が減少した社会も、人と人とが豊かに息づいている社会になるために、人の思いを集め、力を集め、新たな地域のつながりを創造していく「人」、社会を新たに創造する「市民」が育っていてこそ、5千万人の日本社会に希望が持てるということです。

   自分のことが優先し、隣人のことは後回しという貧しい社会ではなく、みんなが笑顔になるためには、少し大変だけど、私がその重荷を担いましょう・・・という市民が育っていること。このことにかかっているのだと思います。

  園庭では、今日も、すてきな市民たちが息を弾ませて遊んでいます。自分を生き、他者と共に生きる「市民」が!

 

  「平和を実現する人々は、幸いである。」・・・マタイによる福音書5章9節 【2016.8月】

理事長・オリーブの木園長 太田春夫 私たち栄光学園のような、キリスト教幼児施設の多くが『キリスト教保育』誌という小さな保育雑誌を活用しています。全編で60頁足らず、サイズもA5版という本当に小さな保育誌です。一部には「難しすぎる」との評価もあるのですが、当園では年間計画に取り入れています。このキリスト教保育誌が掲げる年間主題は、昨年度に引き続き「平和」に設定されており、今年度は「平和をともに」となっています。毎月の聖書箇所も平和に関係する様々なところが選ばれています。8月の聖句は、マタイによる福音書5章9節からです。確かに少し難しいと感じることはあるのですが、しかし今の時代だからこそ、「平和」を年間の保育主題として掲げ続けることは、とても大切なことと感じています。 さて今から14年前、岩手のある幼稚園の園長の時に、2月に当地にもお招きしたこぐま社専務の吉井康文氏の講演を聞く機会がありました。その時紹介された1冊の絵本、『はなのすきなうし』を購入して帰り、何気なく読み出しました。すると途中まで来て、どこかで読んだ記憶があると感じ出していました。子育てもほぼ終わり、園長職を長年勤めた者としては少々反省すべきかもしれませんが、最後まで来て、そうだ同じ絵本が昔我が家にあり、兄と一緒に母から読んで聴かせてもらっていたことに気付いたのでした。40数年ぶりに読み直したことになるのだと思います。 花が大好きな牛のフェルジナンドが主人公のこの絵本は、改めて読んでみますと、反戦と平和、愛と自由をテーマにした作品であることに気づきます。原作はマンロー・リーフ氏とロバート・ローソン氏であり、原書は1936年にアメリカで出版されています。日本では岩波書店から1954年12月10日に出されました。1936年は8月に第11回夏季オリンピックが、ヒットラーの支配するドイツ・ベルリンで開催された年です。その後1939年には第2次世界大戦に突入していきました。狂気と殺戮の時代に突き進んでいったのです。そして大戦後の1954年という年は、3月1日にビキニ環礁で水爆実験が行われ、第5福竜丸が被爆した年ですし、そのことから11月には映画「ゴジラ」第1作が上映された年として記憶されています。実は「ゴジラ」は核兵器反対の思想から生まれたのです。12月生まれの私は2歳の誕生日を迎えようとしていましたが、母は私よりも2歳年上の兄のために、この絵本を買ったのかもしれません。  言葉に尽くせない悲惨で悲劇的な世界大戦を挟む時代を経て「平和・自由・愛」を豊かに語りかける絵本が日本でも出版されました。あの時代、「二度と戦争は嫌だ!戦争はもうこりごり!」との思いを誰もが抱いていたのです。にもかかわらず、米ソ間の冷戦構造と核兵器の開発競争が激しく争われていました。そのようななかで平和への願いを込めて、岩波書店が『はなのすきなうし』を世に出し、また子どもたちの未来のために、多くの親たちがこの絵本を購入したのではないだろうか、と思いました。その父母の世代の願いと祈りが少し理解できたとき、改めてこの絵本の重みを感じることができました。この『はなのすきなうし』の他にも、平和への思いや祈りを扱った、たくさんの優れた絵本があります。8月こそ祈りを込めて、平和の大切さを未来を生きる子どもたちに伝えていきたいと思います。   

 学校犬との出逢い【2016.7月】

オリーブの木主幹保育教諭  渡辺美津子

 

 6月15日、オリーブの木に大きな犬が3頭現れました!名前はウィル・ベローナ・ブレスです。限られた時間でしたが、0~5歳児とふれあいの時を持つことができました。

   2003年5月から東京・立教女学院小学校で始まった動物介在教育。不登校で引きこもりの状態だった児童が犬とのふれあいを通して、励まされ少しずつ癒やされていく過程を目の当たりにした𠮷田先生が「犬は子どもたちにとって何か特別な力を与えてくれる存在。きっと、子どもたちのプラスになる」という確信を得たこと、「子どもたちの仲間として身近なところで、本当の「いのち」のぬくもりに触れさせたい」という強い思いから実現したのでした。子どもたちのより良い育ちと成長を支えるための小さな、でも、とても大切な友だち~それが学校犬なのです。

 ウィルは震災後、福島県新地町で保護されて飯野シェルター(動物保護施設)にいました。𠮷田先生に引き取られ、多くの方の温かい支援によって学校犬となることができたウィルは、その後多くの子どもたちや大人を笑顔にしてきました。0~2歳児棟に来てくれたのもウィルでした。初めはちょっぴり心配もありましたが、とても穏やかで、なでられることが大好きなウィルの姿に心配は一瞬で吹き飛びました。何より、子どもたちがみるみるうちに笑顔になっていくのです。ウィルという名前は英語の「will」から。東日本大震災を忘れないために。特に「福島を忘れない」という決意や意思が込められているそうです。もう一頭のブレスも同じシェルターから引き取られて学校犬として加わりました。3頭は今も学校犬としてだけではなく、被災地の幼稚園への訪問や様々な支援活動を続けています。

  このことを知った時、私たちが知らないところで、目に見えないところでも覚えられていて、お祈りしてくださっている人(犬も!)がいる、一人じゃないよ、と言ってもらえているように感じて心があたたかくなりました。また一歩踏み出していこう、と勇気をもらえたように思いました。それともう一つ。ウィルと出逢った時の子どもたちの笑顔を見て気づかせてもらえたことがあります。何かを見つけた時、嬉しかったり面白かった時、心地良い時、誰かと一緒の時、そしておいしいものを食べた時・・・毎日の生活の中で、私たちはたくさんの素敵な笑顔に出逢うことができます。これからも一人ひとりの笑顔を大切に感じ、守っていきたいな(ウィルのように・・・)と思います。

 

 

 

 神さまがお造りになったものは「すべて良いもの」【2016.6月】

オリーブの木副園長 有馬仁美

 

 「先生、毛虫がいたよ~」「こっち、こっち!」「はやく~」・・・私は4月よりオリーブの木副園長とともに、オリーブの木毛虫をやっつけ隊隊長に就任しました。初夏の木々の緑が輝いている園庭で、4歳児の男の子の隊員たちとのパトロールも忙しくなりそうです。毛虫退治が一段落してしばらくすると、男の子たちはダンゴムシを探し始めました。「どこにいるんだろう?」の声に、「プランターを動かしてみようか?」「落ち葉の下にいるかもしれないね」と提案してみると「ダンゴムシは落ち葉を食べるもんね!」と目をキラキラさせながらダンゴムシ探しに夢中になっていました。

 豊かな自然の園庭は、草花や木、小さな虫たちの命が動き出し活気に溢れています。そして、その自然の中で子どもたちの心と体が育まれていることに大きな喜びを感じます。花壇に咲いている花に水やりをしている子、ひらひらと舞い散る花びらに向かってバケツを差し出しニコニコ笑顔の子、アリを見つけてジーッとアリの動きに釘付けになっている子・・・子どもたちにとって、何気なく咲いている花や葉っぱの一枚一枚は宝石のように美しく感じられ、ダンゴムシやアリは愛おしい友だちのような大切な存在なのでしょうね。

 聖書の中の「創世記」では、神さまが造られたたものすべてを見て神さまご自身が「見よ、それは極めて良かった。」と感嘆の言葉を表されました。子どもたちはこの神さまの感嘆の言葉に真剣に向き合い、五感を研ぎ澄ませながら日々を精一杯生きています。

 人間も神さまがお造りになった良いものです。そして、神さまが人間に与えてくださったものは、赤々と沈んでいく夕日や青空に浮かび上がる山々、夜空に輝くたくさんの星空を見て美しさを感じるみずみずしい心です。私たち大人も、そのような心を失うことなく自然と同じように造られたものとして、神さまへの信頼と感謝の気持ちで日々を送りたいと思うのです。

 

 

  「今」を「共に」生きる私たち【2016.5月】

認定こども園ポプラの木・ぶどうの木  園長 岡村 宣

 

 5年前と同様、今回の熊本大地震の状況の中でも、私の心の中にかき消すことのできない問いが響いてきます。「神様はどうしてこんな災害が起こることを許されたのか?突然、命を失った人々、平穏な生活が一変し愛するものや大切なものを失い途方くくれる人々。神様のまなざしは何処に向けられ、神様のみ心は何なのか・・・。」

 5年前のちょうど今頃、日本の女の子(確か8歳?)が、ローマ・カトリック教会の教皇に手紙を書きました。「神様とお話できる教皇様ならお分かりになると思います。なぜ、こんな大きな災害が起こったのですか。」・・・教皇からの返事は、「私もそのことを自分に問いかけているし、問い続ける必要があります。」というものだったと記憶しています。

 旧約聖書の「コヘレトの言葉」3章1~11節にこんな言葉が記されています。

「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定めらえれた時がある。・・・わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終わりまで見極めることは許されていない。」

 私たちはこのような神様が時宜にかなうことをなさる時の中の、限定された「今」を生かされている一人ひとりで、神様のなさることをすべて見極めることができないというのです。すべての事に時があり、隠された(神様が良しとされた)意味がある、その意味を問いながら生きる者として創られていることになります。

 思い通りにならないことは、大人の生活にも、子どもたちの生活にも、いつも起こります。そんな時に必要なこと、それは、共感し、寄り添ってくれる存在なのでしょう。思い通りにならないから考え、見つけるでしょうし、わからないままのものも握りしめて生きるのでしょう。答えが見つからない時に「そうだね、どうしてだろうね?」と同じ場所に立ってくれる人がいて、子どもも大人も支えられて生きるのだと思います。

 昨日の冷たい雨のあとに、今日は青い空が広がり、さわやかな風が吹いてきました。困難や試練を超えて行くように、今日も新しい「時」が用意されています。「風立ちぬ、いざ、生きめやも」(新しい風が吹いてくる、さあ、生きなければならない)と、ひとつ深呼吸して歩いてみましょうか。誰かに寄り添ってもらい、誰かに寄り添って。

 

  「新しい冒険の世界へ・・」【2016.4月】

学校法人栄光学園 理事長

認定こども園オリーブの木・くるみの木  園長 太田春夫

 

ご入園・ご進級、おめでとうございます。

  学校法人栄光学園の新しい年度、2016年度が始まりました。昨年度は、認定こども園制度の新しいスタートの年でした。この制度は幼稚園、保育園の垣根を越えて、0歳児から5歳児までの(くるみの木は児童クラブの小学校3年生までを含みます)、すべての子どもたちと共に歩む施設として、「一人ひとりのお子さんの個性や感性、発達の状況に応じた望ましい環境(人的・物的)を用意し、子どもが自ら主体的に命の力を発揮して育つ姿を支える」ことを目指しています。そのような方向性を常に忘れずに、2年目の歩みを始めて行きたいと願っています。

  さて先日、「オリーブの木」・「くるみの木」では、子育て支援講座として、絵本の持つ豊かな世界を学ぶべく、絵本出版を専門とする「こぐま社」専務、吉井康文氏をお招きし、絵本の奥深い世界についてお話し頂きました。その一つが「来て・・帰る」という経験であります。子どもたちは絵本の物語の世界に自由に行き来していますが、「来て・・帰る」という構成がとても大切であるということでした。

そのお話をお聴きしながら、1冊の絵本を思い出していました。それは『こすずめのぼうけん』(《こどものとも》傑作集 ルース・エインワース作、石井桃子訳、堀内誠一画、1976年、福音館書店)です。出版から40年目になりますので、ご存じの方もたくさんおられると思います。

  物語は、お母さんから飛び方を教えてもらっていた子すずめが、お母さんの言いつけを守らずに、無茶をして遠くまで飛び続けてしまい、疲れて休む場所を探します。しかし、次々と訪れる巣は、みな別の鳥のものでした。異なる鳥たちとの出会いの後、夕暮れになって子すずめを探し続けていたお母さんとやっと再会でき、無事にお家に帰り、安らかな眠りにつくお話です。

  とても単純な物語ですが、この子すずめの一日の冒険は、まさにこども園に登園してくる子どもたちの日常そのものであります。子どもたちの日々はまさに冒険の毎日です。新しい出会いと発見、不安と期待に満ちています。心配事や失敗も繰り返されます。でも、一日の終わりには、最も安心して憩える安らぎの場である、お母さんのいるお家に帰ります。帰り着くお家(巣)は、一番安心できる場です。子どもたちは一日の冒険を語り、そして憩います。言葉にできない子どもたちも平和な眠りに就きます。私たちはそのような毎日の繰り返しを大切にした保育を心がけて行きたいと思います。

  『絵本はともだち』(福音館書店・1997年)の著者・中村柾子先生は、「くりかえし読むこと」の代表作としてこの絵本を推奨しています。それは日々の繰り返しの読み聞かせの中から、新しい発見が次々と起こってくるからと書かれています。

子どもたちの日々も、新しい出会いと発見に満ちたものでありますように。子どもたちの健やかな成長を心から祈りながら、保護者の皆さまと共に新しい日々にご一緒に向かいたいと願っています。

 

  「子どもたちが生きる世界」【2016.3月】

栄光学園理事長 岡村 宣

 

 とうとう3月。園内にはなんとも言えない豊かな空気が生まれます。卒園児を送る、送られる、そんな思いが保育者にも子どもにもだんだん大きくなるからでしょう。たった数年、しかし、子どもたちは、生まれてからこれまでの多くの時間をここで過ごして来たことになります。

     「泣いたこともあるさ、ころんだこともあるさ。

            ころんで歩くことを覚えてきたのさ・・・」

 卒園礼拝でよく歌われる歌の歌詞の一部です。子どもたちは忘れてしまうでしょうが、いろんな経験が、特に苦しかったり悲しかったりした経験が、生きる力を生み出してきたでしょうし、そんな中で支えてくれる存在があってこそ、前に進むことができたのだと思います。喜びの日々はそのような経験に裏打ちされてホントに輝いていました。一緒に支え喜んでくれたのは、家族であり、保育者であり、何よりも、一緒に生きた友だちだったに違いありません。そしてまた、それはお互い様ということではないでしょうか。

 子どもたちが手に入れた最も大きなものは、違いを受け入れる力です。やっと友だちになったと思ったらぶつかり合って、また仲直りして、もっと仲良くなって・・・。違っていて当たり前の人間同士が互いに受け入れ合い認め合って、一緒に生きることの喜びを子どもたちは知ってきました。それはまさに聖書が語る「平和」です。一つの価値観や規律によってまとめられたものではなく、全く違っていても共にある感覚。長所も短所もありのままを認められる柔らかさ、喜びも悲しみも共有することができる暖かさ、そういう主体性と連帯感が満ちている所が、子どもたちの生きる世界です。

 いろんなことが起こる社会にあって、しっかり生きる力を身につけたことを信じて送り出したいと思います。そして、この社会に、なんとも言えない豊かな空気を満たしてくれることを期待したいと思います。

 卒園児のご家庭の皆さん。様々な場面でのご協力を感謝します。園とその職員がどれだけ皆さんの支えになれたか心許ないところですが、皆さんの嬉しいお顔でたくさん支えて頂きました。また、在園児のご家庭の皆さん。来年度も同様に、よろしくお願いいたします。

  「絵本・・ことばと絵の豊かな世界・・」【2016.2月】

認定こども園オリーブの木・くるみの木  園長 太田春夫

 

 暖冬を思わせる日々が続いていましたが、先日は大雪が降り、交通網が混乱し、登降園にも大きな影響がでました。おとなたちの思いとは逆に、子どもたちはこの大雪を本当に楽しんでいます。大自然の豊かな恵みと巡りくる季節の変化を子どもたちは体全体と心とで感じ取っているのでしょう。

 私の大好きな絵本の一つに『はなを くんくん』(福音館書店・1967年)があります。来年には日本での出版「50歳」になりますし、アメリカでは1949年の出版ですから、私よりも年長ということになります。ルース・クラウスとマーク・サイモンという二人の芸術家が、豊かなことばの想像力と黒と白の濃淡の柔らかなコンテ絵だけで、動物たちのいのちや自然への感動を表現した作品です。

 福音館書店の松居直先生は、『絵本の現在 子どもの未来』(日本エディタースクール出版部・1992年)という本の「3歳ごろの絵本、感動―心の充実感」という項で、この『はなを くんくん』を取り上げ、この本と出会った子どもとそのご家族の紹介をされています。そしてその出会いから、「一冊のすぐれた本は、人間の内なる世界を変えてゆく力をもっている。そして幼児にとってもその関係は変わらない」と語り、出版者としての基本的姿勢を再確認されています。また松居先生は、私がお聞きした講演のなかでも、この『はなを くんくん』を紹介し、この絵本は「科学の本」ですとも話されました。何故なら科学の本の根底には「感動」がなくてはならないからだ、と解説してくださいました。

 認定こども園「オリーブの木」・「くるみの木」では、2月5日(金)午前10時30分から「子育て支援講座・・寒い冬(とき)こそ絵本の世界」を企画しています。絵本の専門出版社・こぐま社の専務吉井康文氏をお招きして講演会を開きます。(ポプラの木とぶどうの木で参加ご希望の方はオリーブの木までご連絡ください。)その吉井氏は『キリスト教保育』誌2016年2月号の巻頭で、「ことばの力、絵を読む力」と題して次のように書いています。「絵本は元々、文字が読めない、読めてもその理解が充分でない子どものために、絵という文字の助けを借りて作られたものです。文字の読めない子どもは、お話を耳で聞いて絵という文字を読んで絵本を読んでいきます。この絵を読む力がすごいのです。・・」

 雪に覆われた庭の木々の枝先には、既に「芽吹き」を待つ蕾がその時に向けて備えをしています。各園の年長さんたちは、新しい未知の世界へ旅立つ準備を進めています。貴重なこの時期を有意義に過ごしたいと願っています。

 

  「希望と平和の源」【2016.1月】

認定こども園オリーブの木  副園長 大竹美江子

 

 クリスマスの季節、園内では一日一日クリスマスが近づいてくることを楽しみに、アドベントの時を過ごしています。室内の飾りも日ごとに増え、クリスマスソングを口ずさみながら、会話を弾ませている子どもたちです。日々の園生活の中で、沢山のクリスマスのお話しを聞いたり、絵本を見たり、クリスマスの製作をしたりしながら、イエスさまが私たち一人ひとりの救い主としてこの世界においでくださったことを知り、クリスマスの喜びを共に分かち合います。  3~5歳児は、礼拝の中でそれぞれの役割を担いながら、今から2000年前の世界ではじめのクリスマスの出来事に思いを馳せ、心をあわせて「クリスマス聖誕劇」を演じます。5歳児のそれぞれの役は、どれも大切な意味があり、自由に演じた後に話合いながら役割が決まっていきます。そこにも小さなドラマがあり、やりたい役に希望者が多かった場合、友だちに譲ってあげたり、希望者の足りない役に変わったりと、子どもたちなりに心を配ります。日々の積み重ねの中で、周りの友だちのセリフや動きも理解し、お休みの子がいると、代理で言葉を言ったりするまでになってきます。このみんなで心を合わせて創り上げていく過程こそが、とても大切な子どもたちの成長のひとときです。クリスマス当日は、大勢のお家の方々の前で緊張もすることでしょう。でも、ここに至る子どもたちの日々の歩を心に留めながら、当日は温かな思いで見守っていただければ幸いです。

 クリスマスが終わると、冬休みに入る子どもたちと、年末まで園生活を続ける子どもたちに分かれます。クリスマスを経験した子どもたちは、さまざまな心模様の中で、ひとまわり成長を感じます。毎年、自由な遊びの中で年齢を超えたページェントごっこが行われています。聖誕劇の印象は、小さい子どもたち一人ひとりの心に深く刻まれていくのでしょう。

 2015年もまもなく終わろうとしています。年主題の「平和」をつくるのもと、この一年平和について心にとめながら保育をすすめています。世界の中には、平和とほど遠い悲しみや憎しみの連鎖の中で、多くの大切な命が失われる現実が続いています。私たちの身近なところでは、どんな一年だったのでしょうか。終わりは新しい始まりの時です。どんな時も、子どもたちは未来への希望であり平和の源です。大人の温かなまなざしや会話の中で、子どもたちの心と体が豊かに育まれますように!新しい年が、子どもたち保護者の皆さまにとって、平和で喜びに満ちた年となりますようにお祈りいたします。

 

  「クリスマス・・平和の光を求めて」【2015.12月】

認定こども園オリーブの木・くるみの木  園長 太田春夫

 

 神の御子、主イエス・キリストの誕生を共に喜び、お祝いするクリスマスが近づいています。子どもたちも主キリストをそれぞれの心の中にお迎えすべく、共にその備えの時、待降節(アドヴェント)を過ごしています。この待降節にはクランツに4本のローソクが1週ごとに灯されます。その4本のローソクには「希望」「平和」「愛」「喜び」という意味があります。その意味を表す聖書を読み、祈りながらローソクを灯します。

 それは私たちの切なる願いでもあります。何故ならば、世界にはこの希望・平和・愛・喜びではなくて、絶望と争い、憎しみと悲しみが満ちていると思われるからです。聖書はそれらを総称して「闇」と呼びます。悪魔的な闇の力が支配する世界です。では闇とは何でしょうか?

 30年来の友人であります大船渡のお医者さんで、「ケセン語」の研究家でもある山浦玄嗣先生という方が、「闇」について次のように定義しています。闇とは「自分が正しいと信じることに徹底的に忠実であることによってもたらされる破滅と殺戮である」と述べています。私たちはしばしば、自分だけは間違っていない、自分は正しい、相手が悪いのだというあり方に陥ってしまいがちです。日々の暮らしのなかでも、また原発事故をもたらした安全神話においても、民族間・宗教間の激しい対立においても、私たちは、「自分が正しいと信じることに徹底的に忠実であることによってもたらされる破滅」に突き進んでしまうことがあります。そのような自分自身を、もう一度別な視点において見つめ直すことができるならば・・。自分たちを相対化して、捉え直してみることができるのなら・・。

 そのような私たちのために、神さまの御子が、貧しい夫婦のもとに生まれ、しかも家畜小屋の飼い葉桶のなかに寝かされていた出来事、それがクリスマスの意味であると聖書は伝えています。

 個人的には私は還暦を過ぎ、3人の孫に恵まれました。今も私の耳元にはある「子守歌」が残っています。それは1969年4月発行の『幼児さんびか』(キリスト教保育連盟)に掲載されていますが、「かみの おこの」という讃美歌です。これは1483年に生まれ、1517年に宗教改革に取り組んだ、マルティン・ルターの作詞による讃美歌です。今から500年前の讃美歌が私の子守唄でした。日本でもかなり早い時期に紹介された讃美歌であったと思われます。その詩は・・

  1 かみの おこの イェスさまは ねむりたもう おとなしく

かいばおけのなかにても うたぬわらの うえにても

  2 うまがないて めがさめて わらいたもう イェスさまよ

    あしたのあさおきるまで とこのそばに おりたまえ

 クリスマスの平和の情景が詩われています。幼い小さな命こそが、この世界に示された神さまの希望と平和の光であり、愛と喜びの光であります。

 真っ暗な闇が支配する世界ではなくて、主イエス・キリストにある小さな命の灯に照らされて、子どもたちと共に平和な世界へと歩みを進めたいと、心から願っています。

 クリスマス、おめでとうございます。

 

 

  「感謝を言葉にして!」【2015.11月】

認定こども園オリーブの木  副園長 大竹美江子

 

 秋の空は高く澄み切って、鳥の声が響き渡ります。赤や黄色に色づいた木々の葉は風に舞い、園庭の辺り一面を覆っています。木の実、草の実、野菜に果物すべて実りの秋を迎え、充実した時を感じます。

 先の運動会では、保護者皆様方の沢山の応援や、子どもたちと一緒に競技にご参加いただきありがとうございました。子どもたちの一生懸命な姿に、それぞれの成長を感じ心熱くされた方も多いのではないでしょうか。子どもたちは、運動会という大きな行事を通して一人では味わう事のできない大切なことを学んでいます。嬉しかったり悔しかったり、友だちを夢中で応援したり、大きい組にあこがれたりと、様々な心模様を経験しながらひとり一人の成長が感じられます。運動会を終えた翌日から、園庭では運動会ごっこが盛んに行われていました。この様子が実に微笑ましく嬉しいかぎりです。それぞれの学年のダンスの曲が流れると、大きい子小さい子が入り交じって、中には1歳や2歳の子もぽんぽんを手に参加し、満足そうに踊っていました。年齢の枠を超えて交わる姿に、こども園として共に歩む子どもたちの大切な育ちがあります。

 まもなく11月を迎えます。11月の主題は「ありがとう」です。先日、園庭で子どもたちと遊んでいると、一人の女の子が手に持っていたどんぐりを落としたことに気づかずに通り過ぎました。「落とし物ですよ!」と拾ってあげると、にこにこしながら「ありがとう」と実に爽やかなお礼の言葉がかえってきました。その姿に、私の心までかろやかになりました。きっと家庭でも、日頃からありがとうの言葉が自然に交わされているのでしょう。ありがとうの言葉には、不思議な温かさがありますね。

 私たち大人は、日頃感謝の思いをどのように表現しているのでしょうか。意外にあたりまえと思ったり、つい自分中心で気づかずに見過ごしていることが多いのではないでしょうか。意識してみると、私たちの周りには実に多くの恵みに満ちあふれ、様々な関わり合いの中で生活が成り立っています。何よりも身近な家庭の中で、子どものささやかな成長の数々に、また父親母親としての働きにありがとうの言葉が自然に交わされたら、その姿を通して子どもたちも気持ちよく生活でき、平和が訪れることでしょう。園では、11月を収穫感謝や勤労感謝の月として子どもたちとともに祈りを合わせて過ごします。特に、私たちの思いを超えて命を与え守り支えてくださっている神さまに感謝したいと思います。   「 恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに」(詩編118−1)

 

  「喜びを分かち合って」【2015.10月】

栄光学園理事長 岡村 宣

 

「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」という聖書の言葉があります。(ローマの信徒への手紙12章15節)私もこの言葉に励まされたり、問われたりしながら生かされていますが、この言葉を手紙に書き送ったのは、キリスト教を世界に広めたパウロという人で、人が本当の意味で豊かに生きるために必要なこととして伝えたのでしょう。

「悲しい体験をした人ほど人の痛みがわかる」とよく言われます。確かに当たっている面もあるでしょう。でも、津波や地震、天災などで深い痛みを負った方々に共感することは、同じような悲しみを経験していなければ難しいことなのでしょうか。であれば、すべての人が同じような悲しみを経験しなければ悲しみに共感して「共に泣く」ことはできないことになります。

 20世紀前半に活躍したアンリ・ワロンは「喜びを分かち合う経験を十分にした後でなければ、他者と悲しみ(苦しみ・痛み)を分かち合う感情は発達しない」ということを発見したそうです。思いやりのある優しい子に育てようと思うならば、他者と喜びを共有する体験を重ねることが大切だということになります。人の心を動かし、豊かにするのは、喜びの体験なのだ・・・。子どもたちの姿を見ていて納得します。当たり前のことですが、悲しく辛い体験は意図的にさせるのではなく、様々な関係や事柄の中で黙っていても経験することですね。

「本来、子どもは友だちと一緒に喜んで遊ぶことはできますが、たとえ大親友であっても、泣いている友だちと共に泣く子どもはほとんどいない」と言われます。そしてこれは、人間の発達過程を考えると極めて自然なことなのだそうです。友達の思いに共感して泣くことができる子どもは、豊かに喜びを共にして、心が繋がる経験を重ねている子どもなのでしょう。

 運動会や遠足、自然の変化や多くの発見。秋の季節には、喜びを共有する体験が山積みです。大人が思う以上に、心動く経験を重ねながら、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣ける」人として成長する子どもたちを、一緒に見守りながら、私たち大人も、喜びをこそ、共にしましょう。

 台風等による水害で、常総市や大崎市で被災された方々は、悲嘆にくれてこのときを過ごしておられますが、常総市の双葉こども園では、私たちの支援を大変喜んでくださいました。喜びを共に出来る日が来ることを祈りましょう。ご協力、ありがとうございました。

 

  「平和への祈り」【2015.9月】

認定こども園オリーブの木・くるみの木  園長 太田春夫

 

 須賀川教会では、日曜日の午前中に2回の礼拝の時間を守っています。朝の9時30分からは子どもたちを中心に親子が集う礼拝、「家族礼拝」と呼んでいますが、その家族礼拝に集まる子どもたちと夏休みの楽しい行事を毎年開催しています。(ちなみに大人を中心にした礼拝は10時30分からですが、どちらにも自由に出席することができます。神さまを賛美し、祈りを共にする時間です。須賀川教会も矢吹教会も皆さまのご出席を心から歓迎いたします。)

 ことしは8月8日に「家族会ピクニック」を行い、栃木県那珂川町にある「いわむらかずお絵本の丘美術館」(1998年開設)と袋田の滝の見学に行きました。メインはいわむらさんの美術館です。いわむらさんは、個人的にも大好きな絵本作家で『タンタンのずぼん』やねずみの大家族の14ひきシリーズ、その他でとても有名な方です。豊かな里山の自然に囲まれた美術館は「絵本・自然・子ども」をテーマにした素敵な空間で、子どもたちと訪れるにはお薦めの場所です。

 ピクニックの数日前、朝日新聞の「子育て欄」において、戦争と平和についての連載特集があり、初回がいわむらかずおさんでした。幼少期の戦争体験の記憶をたどりながら、戦争の愚かさと平和の尊さを語っていました。またいわむらさんのおすすめの3冊の紹介では、『へいわってどんなこと?』(浜田桂子作、童心社)、『子どもに伝える日本国憲法』(井上ひさし文、いわさきちひろ絵、講談社)、『子どもたちへ、今こそ伝える戦争』(子どもの本の作家19人、講談社)の3つの作品が紹介されていました。今回の訪問では「日本国憲法」以外の2作品を購入しました。(幸いにもいわむらさんとの記念写真にも応じて頂きました。)

 たまたま今回の訪問中、いわむらさんと浜田桂子さんの原画展が開かれていました。私は浜田さんを知りませんでしたが、ご自身が母親となり、子育てをするなかで生み出した、等身大の家族の日々の姿を題材にして素敵な作品を出されている方でした。その浜田さんの『へいわってどんなこと?』は、とても素晴らしいものでした。いわむらさんのおすすめの言葉は、「一人ひとりをちゃんと尊重することが平和につながるのだという精神が、文章や絵に表れています。平和とは『生まれてよかった』と思えることだと、本を通じて感じることができるのではないかと思います」とあります。全く同感です。

 こども園に通うすべての子どもたちの未来が、私たちの未来であるすべての子どもたちが、戦争の時代ではなく、平和な世界を生きてゆけるように、私たちおとなは大きな問いの前に立たされていると感じています。与えられている9月の聖書の言葉も、また年間の主題も同様に「平和」であります。そのことを基本に据えながら、共に歩みたいと願っています。

 

 

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